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    8/24/2009

    女子マラソン(世界陸上ベルリン)

    ◎尾崎好美が銀メダル Vは白雪 女子マラソン

     第12回世界陸上選手権ベルリン大会最終日の23日、女子マラソンで優勝は中国の白雪で2時間25分15秒、
    尾崎好美(28)=第一生命=は2時間25分25秒で2位に入り、銀メダルを獲得した。

    尾崎は昨年の北京五輪代表になれなかったが、同11月の東京国際女子マラソンで優勝。
    尾崎を指導する山下佐知子監督(45)は91年に東京で開催された世界選手権女子マラソンで2位となっており、
    師弟で銀メダリストとなった。

    世界選手権でのメダルは前回の07年大阪大会で銅メダルの土佐礼子(三井住友海上)に続き2大会連続で10個目(9人目)。

    今大会では、全種目を通じ日本勢にとって初のメダル獲得となった。

    他の日本勢では加納由理(セカンドウィンドAC)が2時間26分57秒で7位入賞。藤永佳子(資生堂)は2時間29分53秒の14位、赤羽有紀子(ホクレン)は2時間37分43秒の31位。

    各国上位3人の合計タイムで競う団体戦として世界選手権に併設されているワールドカップは中国が優勝、日本は7時間22分15秒で2位。ロシアは3位(2時間44分42秒)

     レースは40キロ付近で尾崎、白雪の2人に優勝争いが絞られた。41キロ過ぎに白雪がスパートし、尾崎は遅れたが、そのまま2位を守りきった。

     尾崎は神奈川県出身。相洋高から第一生命に入社して10年目。マラソン2回目の昨年11月の東京国際女子で初優勝して、世界選手権代表に選ばれた。

     ▽尾崎好美の話 30キロまでは余裕を持って行けたけど、最後に力尽きちゃいました。メダルを持って帰ることができてうれしい。

     ○…20歳の白雪が、世界選手権、五輪を通じ女子マラソンで中国にとって初の金メダルをもたらした。40キロ付近での尾崎の仕掛けにもついていき、残り約1キロでスパートする強さを見せた。
    「力は十分に残っていたから、金メダルを取れると自分に言い聞かせて走った。全力を注いだ」
    先頭集団が4人に絞られてから力をため、最後に爆発させる駆け引きのうまさもあった。
     今季は3月の名古屋国際を含め既に3レース目。「日本では調子が悪かったけど、今回は万全の体調だった」と自信があった。
    14歳で初マラソンを走り、16歳だった05年のアジア
    選手権で五千、一万メートルの2冠。
    20歳ながらすでに10回のマラソン経験がある白雪は「ここで勝てるなんてまったく思わなかった。ただいいパフォーマンスをしようとしただけ」と話しつつ、「有力選手の何人かが欠場して幸運だった。次の目標はロンドン五輪の金メダル」と力強く宣言した。
    まだ20歳。「世界の有力選手の何人かが欠場して幸運だった。そういう人たちに追いつけるように進歩していきたい」と、今後の成長を期した。(ベルリン時事)
    ◆記録
    1.白雪(中国)2゜25’15”
    2.尾崎(日本) 2゜25’25”
    3.アセレフィッシュ・メルギナ(エチオピア)
           2゜25’32”
    4.周春秀(中国) 2゜25’39”
    5.朱暁林(中国) 2゜26’08”
    6.マリサ・バロス(ポルトガル) 2゜26’50”
    7.加納(日本) 2゜26’57”
    8.ナイヤ・コラマノワ(ロシア) 2゜27’08”
    以上入賞。
    14位:藤永 2゜29’53”
    31位:赤羽 2゜37’43”

    @走る前はまさかメダルを取れるとは思っていなかった。
    しかし20kmくらいからはもしかしたらという思いが。。
    変化するペースについていけるのは今の現役日本人選手では
    彼女しかいないのではないかと思う。
    10/14/2008

    第44回御嶽マラソン

     連休を使い下呂市御坂町で行われた陸連公認のフルマラソンにこれで連続3回目の参加となりました。
    山岳マラソンといっていいほど標高1100mまでのぼりゴールが去年完成した陸上競技場である。
    今年は北京オリンピック開催のためその準備として高地トレーニング合宿に日本人以外の外国チームも
    使用したとのことである。
    天候、気候とも申し分のない条件だけに最低でも3時間30分は切りたいところ。
    去年はオーバーペースがたたり残り5kmののぼり坂で太もも後ろの痙攣さらに目の前が真っ暗となる
    脱水症状をしてしまった。その反省からはいりをキロ4分ペースにしてのぞんだ。
    このペースでも上位のグループ(3グループ目)にはいったが15km過ぎのだらだらした上り坂で
    グループからはなれてしまいハーフ手前から一人旅となり去年と同じパターンとなった。
    どうしても我慢できない。
    やがて30kmてまえで2人、30km超えてまた2人と抜かれてしまう。
    しかし自分としてはまったく反応できなかったのではなくさいごの5mの急坂まで力を温存したかったため
    抜かれていくのをただひたすら我慢した。エネルギーは去年なかったアンパンが再び復活してあったので
    それをにぎりしめてぼちぼち食べながら走っていき35km地点のスペシャルを飲んでから俄然元気が出て
    抜かれた4人を再びぬきかえしてゴールした。
     
    結果は3時間28分27秒。総合11位と最低限の目標は達成して去年の雪辱をはらしたが終わってみて
    やはり最初の15km地点でグループから脱落したのが今になって悔しい。
    来年こそはこの課題をクリアーしたいものである。
     
    ゴールしてからは露天風呂でのんびり出来、昼食のかやくご飯と豚汁とほうじ茶をたべ帰りの送迎バスまで
    無料なのはエントリー料3000円は安い。参加賞はおおきなバスタオル。
     
    今回は高速バスを乗り継いで往復したのだがこれがよくなかった。
    名鉄バスで往路新宿西口から名古屋名鉄バスセンターまで3900円と安かったがかかった時間がなんと7時間
    さらに名古屋から高山まで2500円(往復割引の値段。通常2900円)で2時間以上かかった。
     
    宿泊は高山天照寺YHで2900円。翌日朝5時半高山から御坂までJR電車で約30分くらいで480円かかった。
    スタートは8時30分だが実際スタッフが受付開始したのが7時近かったためウォーミングアップもあまりできず
    荷物もすべてゴール地点に無料で輸送してもらえるのはいいがなにかあわただしかった。
     
    さらに帰りはもっと交通渋滞にはまってしまい特に高山から名古屋へ行く高速道路が混み合い
    19時に出発したにもかかわらず23時過ぎに名古屋に到着。名鉄バスセンターから23時新宿行き深夜バスに
    乗れず車掌の指示で勝川までJR電車で行けば追いつけると言った言葉どうりなんとか乗れはしたが
    精神的にも大変疲れてしまった。もう名鉄バスはやめよう。また最終バスもやめたほうが無難だ。
     
    今回はりんご、地元の酒の十分入ったケーキをカーボローディングといいつつ利用した。
    本庄蔵の酒の十分入ったパウンドケーキは食べすぎに注意と運転はしないでくださいと記してあった。
    これ食べて走ると血行がよくなっていいと感じた。
    8/24/2008

    日本のマラソン魂で金

    北京五輪男子マラソンケニアのワンジル金
    北京五輪男子マラソンでケニアのワンジル(トヨタ九州)が五輪新の2時間6分32秒で金メダルを獲得した。
    トヨタ自動車九州はバルセロナ五輪銀メダルの森下公一が監督の実業団に所属している。
    もともと持っている素質に日本のお家芸だったマラソン魂を受け継いだワンジルは無敵の存在に近づいた。
    暑さをものともせず高速レースを自ら作り最後までいってしまった。
    日本の選手はなにもできなかった。「勝負にならなかった」とゴール後の尾形はインタビューしていたが
    まさにそうみえた。
    ワンジルは仙台育英高校時代は陸上顧問に「がまん」ということを教わったという。
    最初から高速レースでしかも気温は30度。きつい場面も何度かあっただろうがその苦境をみごとに
    跳ね返し金メダルをつかんだ。それも福岡国際の初マラソンとほぼ同じタイムをこの大舞台であるオリンピックで
    だせたことに深く感動すると共に逆に日本人が教えられた事も多いのではないだろうか。
    以下記事を載せる。
    男子マラソンが24日行われ、ワンジル(ケニア)が2時間6分32秒の五輪新記録で優勝した。
    日本は1992年バルセロナ五輪以来のメダルを目指したが、獲得できなかった。
     銀メダルはガリブ(モロッコ)、銅メダルはケベデ(エチオピア)だった。
    尾方剛(中国電力)は13位、佐藤敦之(同)は2時間41分08秒で76位と最後の完走者。
    尾方は序盤、30番手付近にいたが、後半追い上げた。
     レースは序盤から今季2時間5分台を記録しているワンジル、レルのケニア勢が引っ張り、ハイペースで進んだ。
     スタートから10キロ地点では先頭集団は7人になり、20キロ地点では5人に絞られた。
     30キロ付近で、レルが先頭集団から脱落。先頭集団はワンジルと、昨年12月の福岡国際でワンジルに次ぐ2位になったメルガ(エチオピア)、
    2003、05年の世界選手権を2連覇したガリブ(モロッコ)の3人になった。 
    35キロ過ぎの給水ポイントでワンジルがスパート。そのままペースを下げずに独走した。 
     ■サムエルワンジル(ケニア)は 15歳で仙台育英高校に留学。卒業後はトヨタ自動車九州で力を伸ばした。
    初マラソンの昨年12月の福岡国際で2時間6分39秒の大会新で優勝。4月のロンドンでは世界歴代5位の2時間5分24秒を記録し2位。
    ハーフマラソンの世界記録を持っている。21歳。

     

    3/9/2008

    初準優勝

    第23回 大山登山マラソン 9.1km 参加 結果:タイム44分9秒 40歳代2位。
    結果としてはいまいちだが自分としてはここのところの練習からしたら
    実力は出せたと思う。ゴール後は足がつったからである。
    気温15度、山頂11度と風もなく私としては走りやすい気候であった。
    左のかかとの痛みは大分ひいて走れる状態にはなっていたが不安なので
    とりあえず1km様子を見た。先頭が消えない程度の距離で自分の足の状態を
    確認しながらである。特に昨日までは左のjかかと痛に苦しめられていたため
    左のソールにウレタンパッドを入れた。そのためかかとのダメージが緩和された。
    先頭のペースはそれほど速くないので2km地点で追いついた。
    先頭は自分を含め4から5人くらいだったが3km過ぎてから自分を含め3人になっていた。
    そして坂が急になる4km地点では既に私とM岡さんだけになっていた。
    さすがにM岡さんは登りが強い。去年の富士登山駅伝のエース区間5区では登りは50分を切る
    速さで下りもそこそこ早く区間1桁で走っている。
    子易(5km)地点は18分52秒(手元の時計)。19分は切っている。去年は20分を切る程度だったので
    1分は速い。しかしここから50mくだりがありそこで離された。
    残念ながら現在の自分の状態ではくだりを行きよいよく走ると左かかと痛が出る恐れがあるため
    あえてそこは自重して走りその間に一気に5秒差ついたがこれを機にM岡さんはスパートした感じで
    100mくらい離された感じになった。それもさらに登りがきつくなる大山停留所付近からである。
    ここら辺は自分もきついがこれ以上はなされない様に姿勢を崩さず腰を意識して上に上げるように
    走る。自分の感じとしてはスピードが落ちた感じになったが前とは離れずしかし距離は縮まらなかった。
    こうなれば階段に入ってから勝負するしかない。絶対的に自信のある自分のプライドをかけた走り
    で50mまで接近したが距離が短かったというよりM岡さんものぼりの練習をそこそこしているため
    歩く事はしてなかった。しかしかなり追い込んだので彼も後ろを気になりだし何回も振り向いていた
    のが見て取れた。自分もくるしかったが最後の階段ももがきながらもスパートした。
    しかし届かなかった。結果的には彼が宣言どおり優勝。8秒差だったので距離的には20mくらいだった。
    さすが走る前から優勝宣言するだけのことはある。モチベーションで負けてしまったと自分では
    思っている。もう2週間以上ジョッギングしかも距離にしたら1日に10kmも走っていない。
    だから今回は入賞すら危ないと思っていた自分とのモチベーションの違いだ。
    しかし今回の走りは来年につながるし練習方法に間違いがなかった事がある意味証明された。
     
    今回は心肺機能を維持するために今回は水泳に没頭した。
    25mプールで50分クロール。そのなかで約15mは無呼吸で泳ぐ。その繰り返し。
    そのほか週3回と石垣山でのランニング(時間にして20分)1セットか2セットと
    筋力トレーニング(腹筋500回)週2回。腰周囲の強化。
    減量(夜だけ余り食べないようにするのと週末の1日プチ絶食、のみものだけOK)
     
    今回の賞品
    ○うるしぬりのおあん2つ。
    ○新米5kg
    ○アシックスウインドブレーカー(上だけ)
    ○柏木牧場のベイクドチーズケーキ
     
     
    今回の結果をどうとらえるかは2月からの両足の故障(右足くるぶし捻挫、左内側頚骨骨膜炎)を引きずりながら何とか
    無事にスタートラインにつけ完走できたことに感謝。来年は目標は復活優勝あるのみ!
    ところで総合優勝は富士登山競走で新記録またスカイマラソンでも唯一外国勢を破り2位となり活躍した滝ケ原自衛隊の
    宮原選手であった。9.1kmになって39分台は新記録である。すごい。29歳以下はレベルが非常に高かった。
    それに比べ30歳代は44分6秒が優勝タイムなので40歳代より低記録であった。やはり入賞も運である。
     
    6/16/2007

    安政遠足のビデオ

    先日前橋市在住の(青年海外協力隊のシリア平成3年度の隊員)ペンネーム「局長」さんから
    5月27日に開催された第33回安政遠足侍マラソン大会の模様が群馬テレビ放送(30分間)で放映
    されたビデオを送ってきた。そのなかに自分が走っているところが10秒間でてきた。
    ちょうど関所コースとわかれ山の中にはいるところでチェックポイントでもあるところだ。
    こんなふうに自分は走ってたのかと「まじまじと何回も見てしまった。
    しかし峠コースでは総合3位までインタビューがありばっちり選手は映っていたのは
    ワン・ツーを果たした第一空挺団の選手と群馬県山岳連盟の選手いずれも山の強者たちでした。
    ちきしょうー。私も3年前、総合3位になったときインタビューされたのにぃーその時の模様をみたいよー。
    でも今回は完全に力不足でしたのでテレビに10秒もうつれば満足デーす。
    5/14/2007

    安政遠足侍マラソン

    昨日第33回安政遠足侍マラソン(峠コース:29.14km熊野神社ゴール)に参加してきました。
    他に関所・坂本宿コース20kmがある。峠コースは標高1050m。
    早朝5時に友人夫妻の住む新前橋から友人の伝で、車で迎えに来ていただいた
    もとスウェーデンの世界選手権マラソン代表の五十嵐美紀さんの案内で
    安中市文化センターまで案内いただいた。贅沢である。
    彼女は関所坂本宿コース参加のため会場で別れた。
     この大会は仮装大会として有名でみんないろいろな仮装をして走る。
    今回は映画の影響でスパイダーマンの仮装が目立った。
    また侍の仮装をして走ると先着20名に和菓子の箱詰めがもらえるのである。
    山の練習にもなるため第一空挺団がこぞって出場し入賞をさらっていってしまった。
    わたしも一定のペースを崩さず走ったが体重オーバーとスピード練習不足で山に入り前に
    離されてしまい勝負にならなかった。山では4名抜かせたが残り2キロで失速したため
    抜かれはしなかったもののタイムを縮められたのも事実である。
    ゴールタイムは2時間27分25秒。総合13位。
    群馬県在住の27日の箱根トレイル55kmの招待選手(ハセツネ前々回優勝)である
    横山選手も参加していた。横山選手が群馬県出身とは初めて知った。
    群馬県は山岳競技(トレイル含め)は強いイメージを植えつけられた。
    3/26/2007

    2007湯河原オレンジマラソン

    3月25日(日)天候雨 気温20度 暖かい 風強い
    朝から大荒れの天気。強い雨風、とても走る気はしない天候。
    左足のかかとも痛く大会当日も走ろうか走るまいか迷ったが結局暖かさが決めてとなり
    走る事にした。いつもより早く会場へ行って体育館の場所を確保しないと大変込み合う事を
    予想して会場にはスタート10時から逆算して約3時間前に到着。
    さすがにまだ受付1時間前に到着したため体育館は数名しかいなかった。なるべく入口に近いところをとった。
    外は更に雨足が強くなりウオームアップは出来そうにない。
    今回は先週の湘南マラソンの疲れもあると考え5kmにエントリー。
    しかし40歳代は今回強者が数名エントリーしていた。
    今の自分の力とかかとの痛みでここ1週間は刺激走は土曜日の1kmのみ。
    体重はそこそこ減っていたが不安がある。
    来週は南足柄市制駅伝があるためどうしても今回スピード走はしておきかった。
    かかとに昨日100円ショップで買った化粧用のパッドをテーピングで固定した。
    ソックスはふくらはぎを圧迫して軽くするソックス。これまた100円ショップ。
    通常は3000円以上する製品だ。
     スタートは10時。ウオームアップはスタート地点の屋根付駐車場で少しやった。
    10分前にスタートラインについた。雨が強いため45Lのごみ袋をかぶり待つ。
    2分前にごみ袋をすてスタート。昨年年代優勝者をみながらスタートできた。
    少し自重しているのかトップとはどんどん離れていく。まだ楽な感じであったが
    1キロか2キロは様子を見る事にしたが5キロだからそうもいかない。
    最初2.5キロはなだらかなくだりでスピードはあがった。
    もうすこしあげてもよかったが折り返して多少の登りになるのでここまで
    あるていど余力を残したがさすがにのこり1kmは苦しかった。
    不忍地RCの人と競ってはしっていたがさすがに強くスパートされた。
    どうにも足がついていけなかったが苦しんでスパートしたかいがあり
    結局年代3位でゴールした。タイムは17分14秒。
    タイムはいまいちだがこのコンディションではしかたない。出来は上々か。
    参加賞はおりじなるの質の良い手さげバッグで使い勝手がいい。
    参加してよかった。。。
    3/19/2007

    第1回湘南国際マラソン

    3月18日(日)天候晴れ 、気温7℃
    江ノ島から二宮までの折り返しの普段人が通れない西湘バイパスを走る記念すべき1回大会。
    前日のみの受付で土曜日夜8時までエントリーできるがわざわざ江ノ島まで出向かなくてはならないのが
    難点であるが色々なイベントや出展ブースが結構あり退屈はしなかった。
    開会式には徳光さんや間 寛平さんそして招待選手のもと旭化成の高尾がきて彼が選手宣誓をした。
     スタートでは高橋尚子がスターターになり河野太郎氏も開会式にはいなかったがこのときはいた。
    自分のマラソン結果は3時間1分10秒と3時間すら切れず、散々なものとなった。
    先週の大山登山マラソンの疲れがのこっていたにもかかわらずスピード走を週3回もいれてしまい
    その結果金曜日にはかかとがかなり痛くなった。さらには木曜日に自転車でこけて手の中指のつけ根から
    甲にかけて捻挫しはれあがりゆびがうごかせないなどのトラブル続出。仕事も急性腎不全の重症猫が
    来院。入院等で忙しくこういうときに限っ手があまり動かず精神的にも参ってしまった。
    マラソンのモチベーションも次第に落ちて体重もアップ。。。言い訳ばかりを書いて発散してます。
     とはいえ最低限の完走はできてよかった。どちらにしも走り込みが圧倒的に少ない結果だと思う。
    故障が気になるの走り終わってから右ひざ、左かかとから足底筋痛、背痛がありとてもまともに歩けない状態。
    家に帰りアイシング。これで早くなおればいいのだが不安である。以下はスプリットタイム。
    20’11”-39’56”(19’45”)-1゜00’01”(20’04”)-1゜20’27”(20’26”)-1゜24’42”(4’14”)-1゜42’10”(17’28”)
    ー2゜05’00(22’49”)-2゜28’51”(23’51”)-2゜51’16”(22’24”)-3゜01’10”(9’54”)
    30km手前でかなり苦しくなりへろへろになりかけたのであんぱんをはしりながら食べてしばらくすると
    35キロ過ぎにやや楽になってきた。後ろから女性ランナー(総合5位)に抜かれたのを機に追いすがり
    しばらく走った結果少しタイムをあげることができた。しかしすでに足は棒のようになりしかも右足底筋がいたくひざを無理
    にあげたせいでひざも痛めてしまった。自分としてはとても辛いはしりになった。最初から辛かったので
    今回は不調といっていい。でも旭走友会の人たちや小田原走ろう会、ハートブレイクその他いろいろな人からこえをかけていただき
    ありがたく完走できたのはひとえに応援のみなさまのおかげであることを身にしみて感じ感謝しております。
     完走賞はオリジナルTシャツ。参加賞はトートバッグでこれが使い勝手がありおきにいりであった。
    未公認の大会にはなってしまったが、リベンジは11月のフルマラソンでということでひとまず平成18年度の
    フルマラソンはこれで終了した。
    3/11/2007

    第22回大山登山マラソン

    3月11日(日)天候雨 気温10度
    朝6時46分小田原発新宿行きの小田急線に乗り伊勢原へ。
    雨がかなり降っていて会場である伊勢原小学校のグランドは水溜りがかなりできぬかるんでいた。
    この大会は天候はいい日が多いのだが悪い日は雪なのだが暖冬で雨。何十年ぶりか???
    私もこの大会は連続出場11回だがこんな雨のときはなかった。
    今回は調整ができただけに残念である。平地の走りに不安はあるが登りは自信がある。
     グランドが砂地と土の混ざった感じなのでアップはほとんどできない状況だ。
    スタート10時20分。雨は苦手意識がどこかありスタートから自嘲気味で入ったが先頭がとても速い。2キロもたたないうちに
    200近く離された感じだ。3キロ過ぎにはトップはほとんど見えなくなった。
     グループは去年富士登山駅伝の一般の部で入賞した郵政公社のメンバー(4区)のひとりである○十嵐さんと
    ハートブレイクの阿○さんのところに私はいた。5km地点の子易では19分41秒といいペースもかかわらず
    順位は11位~13位集団であった。今の自分の実力だこのくらいが精一杯。実力不足を感じる。
     しかし登り7キロまでが思うような走りができないまでも3人の集団から前に出て去年ハセツネで8時間前半の走りで
    総合4位になったトレイルランナーである渡○さんを抜かし、いよいよ商店街の階段へ。ここで再び郵政公社の○十嵐
    さんに抜かれたもののすぐに失速。ここの階段は一定のペースで登っていくのがこつである。残念ながらトップは完全に
    見えなくなり逃がしてしまったが、商店街の階段を終わったところで6位になっていた。残りは最後の階段でスパートして
    2人抜いた。一人は三島走友会のひとで30歳代のとき10連覇をした永○さんと去年富士登山競走5合目の年代別で
    最後の登山道を間違えておしくも私に優勝をさらわれてしまった古○さん。2秒差で競り勝った。
    相手はまたしてもかという感じだったと思う。
    自分のタイムは45分42秒と目標としていたタイムに遠く及ばず4位に終わったが入賞はできた。
    しかし登りの力はタイムからして落ちている。優勝タイムは44分1秒。伊勢原市役所の人で初優勝。
    モチベーション的にも完敗だと思う。
    新コースになってから総合タイムが全体的に1分遅いことから私のタイムも昨年のコースだと44分台ということになる。
    やはり練習量がいまひとつであった証である。
    このことから年間継続的に練習できるような体の状態にしなくてはいけない。
     招待選手は豪華に4人。ちばちゃん、原万里子さん、片岡順子さんそして高橋千恵美さん。
     
    3/6/2007

    体の叫び~

    3月4日(日)晴れ、気温20度近くまであがる。
    静岡駿府マラソンのハーフマラソンに初参加。結果は1時間21分10秒。
    最初の5キロですべて終わってしまったという感じだった。
    スタートは慎重にはいったのでいい感じではしりタイムも17分17秒と思った以上のタイム。
    この地点でハートブレイクの玉○、清○選手や女子トップの選手と同じグループになり
    やや走り辛く(後ろから突っかけられたりして)後ろに下がり給水した直後胃が痙攣。
    どうにもならない状態でグループからどんどん離れていく。
    スピードを落としたにもかかわらずこんどは腹筋までもが痙攣してしまった。
    こうなるともう足はうごかない。頭に巻いていたバンダナで応急処置として痙攣しているおなかの部分を
    きつくしばり耐えたがすこしでも体がぶれると痙攣の痛みが強くなる。
    応援の声はしっかりと聞こえるが振り向く余裕なし。15㌔までは足はまだ軽い感じなのにスピードが
    出ずずるずる後続の選手に抜かれっぱなし。女子選手にもかなり抜かれた。
    18kmくらいに今度はハムストリングがつる感じの痛みがさらに足裏までもがいたくなってきた。
    更に失速。残り1kmまできてようやく痛みが少しとれてきてスパートしたがそれがさらに足裏の痛みを
    よびこんでしまった。まったく精彩のないはしりであった。
    スプリットタイム(5kmごと)は17’17”-?-38’42”(5~15km)-20’55”-4’15”
     
    2/6/2007

    青梅マラソン

    2月4日(日)晴れ
    初めて出る老舗の大会。今年で41回大会となる。
    この大会はエントリーしにくい大会で抽選でもれたりする事がよくあったり手続きもたいへんだったので敬遠していたのだが
    東京マラソンが今年から初めて市民ランナーに開放されたためそれと日にちが重複してしまうため一足早く開催された。
    今回は10kmに参加した。会場が10kmと30kmでは違うようだ。更衣室も10kmは川辺小学校で総合体育館とは400m離れていた。
     スタートからオーバーペースに自然になってしまったようだ。折り返し手前からつらくなりさらに
    残り2キロで失速同年代2人に抜かされさらに50歳代も3人に抜かれてしまった。女性ランナーにも抜かれた。
    結局タイムは35分38秒と先週と同様振るわず年代も8位に沈んでしまった。本来なら少なくも1分はよくなくてはならないが
    やはりスケジュール的にスピード走の練習が間に合わなかった。
    しかしハートブレイクのき○さんが32分20秒と好タイムで年代優勝をかざった。先週の勝田も同じくらいのタイムで
    走ったようで今絶好調の感じだ。やはり10kまでは年代で勝てるものはあまりないだろう。
    早く終わったので30kmスタートを見て帰った。今年のスターターは石原慎太郎東京都知事でした。
     
    1/29/2007

    第5回記念新宿シティマラソン

    1月28日(日)気温7℃、湿度50%
    好コンディションに恵まれた大会で私は10kmに参加。スタートは国立競技場。(JR千駄ヶ谷駅近く)
    10kmはお昼12時20分スタートと遅いので朝早く出なくてすんだ。
    小田急線新宿行き7時17分快速急行で時間も短縮。新宿からは千駄ヶ谷まで2駅なので交通の便はとても良い
    ことから数千人のエントリーがあった。ハーフは9時15分スタートのため私が国立競技場へ着いた時は
    まさにスタート寸前でした。調子のほうはまあまあだったがコンディションは体重が予定より2kgも多い56kgと10km
    走るのには重すぎた。その結果が35分53秒に出ていた。今回は知ってる人に結構あった。
    10kmの部に関していえば先週の小田原駅伝で東富水優勝に貢献した○○君やハートブレイクの寺○さん、○沢君
    等速い人が結構出ていた。他にも年代でみてもかなりの強豪が出場している模様。34分切っても年代入賞くらいになりそうな気配だ。
    コースは神宮外苑を2回り国立競技場を3回まわるコースでさかもあるが一番走り難ったのは後続集会遅れが道路いっぱいに
    広がって走りに集中できなかったことであった。それでも34分台、33分台とハートブレイク勢は快走。
    すごい。自分の実力不足が露見した大会でした。来週も10km。減量できるかがkey wordとなる。
    5回記念大会だが完走して貰ったバッグ(ショルダー式)は去年に比べ劣るものでがっくりした。
    しかしライブが大会終わったあともありよかった。
    記録を狙えないコースのため来年はハーフにするかパスの予定。
    1/13/2007

    千葉県市原市高滝湖へ

    1月13日(土)はれ
     
    朝4:30小田原発東京行きのJRへ乗って東京から総武線快速千葉行きにのりかえ千葉駅から内房線で五井駅まで
    いきそこから小湊線に乗り変え高滝駅に到着したのは8時30分ごろ。
     
    第33回市原高滝湖マラソン(5km)に初参加した。遠かったがローカル線小湊線にのれたからいいや。
    マラソン以外にローカル線に乗るのも私の趣味なのだ。
     
    小湊線の電車は2両編成で手動ドア形式なのだが車掌が若いお姉さんであった。(往復とも)
    でも今日は高滝でマラソン大会があったからたいへんだ。切符を求める大会参加者で車掌のお姉さんは
    てんてこまいしていた。この小湊線は養老渓谷方面へと続く。暇があれば1日乗車券(1700円)で
    小湊線の旅もおもしろい。
     
    さて大会は今回は来週小田原駅伝の6区3.8kmはしるためスピード刺激を入れるために5kmにした。
    ローカル線のため駅には1日に5本くらいしかないことも考えてのエントリーでした。
     
    コースはアップダウンは多少あったもののほとんどへいたんだがカーブも多いし風もあった。
    タイムは17分28秒と精彩なかったが走っていてもう少しはいりが早くても大丈夫そう。
    最初の1キロは3分18秒といつもの入りの10秒遅い。これではいって残り2キロ切ったところで
    もがきねばるようにしているのがいつもの事なのだが右臀部の痛みが未だ消えないので無理を
    しなかった。でも年代で2位となり表彰台に立った。もらった楯は銅製で滝をイメージしたもので
    めずらしかったのでよかった。
    しかし1位とは20秒余りやられたが17分はきれなかった。トップも16分30秒なので
    高校生が多い割には低タイムだった。
    他に10km、ハーフの種目があるが各種目も2人はすごいやつが来ていたがそのあとはやはり3分ぐらい遅いタイムの
    場合がほとんどであった。ちなみに種目優勝は米3kgもらえたからやはり2位とは大きい差であった。残念。。
    10/21/2006

    伊豆稲取

    今日は朝6時49分早川から伊豆稲取へ。トウキュウカップ東伊豆クロスカントリー(5km)に参加した。
    スタートは12時からなのだが3時間前に会場に到着。
    今日は天候がいいのでコースの下見がてら森林浴をするがかなり暑くなってきた。
    招待選手は北海道マラソンで引退表明した「千葉真子」選手である。
    あの甲高いアニメ漫画に出てくる少女の声でスタート前に挨拶した。
    気温はどうやら21度まであがった模様。
    今回は調子はまあまあだがスピード練習はあまりしてない分突っ込みは禁物。
    結局最初の1キロは3分38秒もかかってしまった。ちょっと遅すぎたか。。。
    一昨年は3分26秒位だから10秒遅い。
    3キロ手前あたりがアップダウンが激しくなるからそこでペースダウンせずに走れた感じがする。
    結果は17分59秒、総合11位、年代3位。年代1位とは10秒差、2位とは4秒差。1,2位は私の良く知ってる人たちでした。
    大会終了後は抽選会があり豪華賞品がけっこうあり相変わらず気前がいい大会である。
    かえりは無料温泉に入って帰った。
    10/15/2006

    袖ヶ浦市海浜

    大垣から来た「ながら」の快速で小田原から3時33分に出発。袖ヶ浦市には6時50分頃着いた。少し肌寒い。
    液から海浜公園までの送迎バスが7時20分に出るが7時にバスが着いていたのでバスの中で待たせてもらった。
    その間にテーピングをしたりして走る準備をしていた。
    朝食べたものはアンまん2個とごもく寿司。
    会場の海浜公園は小笠原に停滞している台風の影響で風が強く風車が勢いをつけて回っていた。
    走りに影響が出そうである。
    気候は寒くもなく走りには適していた。。風を除けば。。。
    今回10kmに参加。他に15km、5kmがある。
    スタートは9時50分。20分前にスタートラインに到着していたのに、誰もいない。
    そのうち5kmスタートの参加者が通過(各コースでスタートライン違う)
    全て5kmの参加者が通りすぎてからスタート。
    今回の招待選手は元リクルートの志水見千子選手アトランタオリンピックで5000m4位入賞した女性。
    その志水選手がすれ違ったところで手を振って「がんばって」と応援してくれたが既に自分はトップ6人の
    グループで余裕がなく手を振る余裕なし。
    前半5kmは追い風もあり17分切って16分54秒。この地点で落ちたのはひとり。
    6キロ過ぎにグループばらけた。さらに残り3キロで向かい風が強くなり多少のアップダウンも増えてきた
    ところで一人失速。さらにひとりがとびだし30mはなれたが自分が再び追いつきその後の人もそれにひきづられて
    付いてきた。残り1キロ手前で橋を渡りさらに風が強くなりそれまで自分が先頭でひっぱていたが3人が一気にスパートし
    トップと100m近く離されてしまった。しかし自分も粘り2位に6秒差3位4位は自分ともう一人の人で同タイム。
    2位は今年50歳代になった古○さんで良く大会で会う強い高校教師ランナーでした。
    ゴールタイムは34分26秒(16分53秒、17分32秒)。目標は達成したが後半向かい風だがもう少しタイムを縮められたかなあと
    思った。しかし今年前半に比べれば復活といっていいタイムでした。運もあり40歳代で優勝。商品は「こしひかり5kg」
    10/10/2006

    岐阜県飛騨へ

    10月7日(土曜)から長距離バスを使って岐阜県の飛騨へ。
    目的は8日飛騨小坂で行われる、第42回御岳マラソン(フルマラソン)参戦のためである。
    飛騨高山にある天照寺ユースホステル宿泊。
    インターネット無料で素泊まりで3000円切る料金(ユースホステル会員外はプラス500円)。
    あいにくの雨で肌寒かったので夕食は明日のマラソンのことを考えて
    「味噌カツ雑炊」にしてみた。
    初めて食べたがとてもおいしかった。値段も700円とリーズナブルであった。
    この宿泊所は広いし畳部屋なので落ち着けた。
    また明日のマラソンに参加する女子に出会えた。
    ちょうど受付が一緒ですぐに走りにでるという。
    交通手段が225ccのマウンテンバイクで愛知県犬山市からやってきたという
    すごい人である。みかけは華奢な感じなのに驚かされた。
     移動1日目の夜も雨は強く降って寒かった。天気予報は飛騨の地域のみ雨の確立が高かった。
    翌朝は3時には起きていた。食事はコンビニおにぎり4個とバナナ2本、大福1つ、ヨーグルト、緑茶を
    摂り5時44分の電車で飛騨小坂へいかねばならない。駅近くの会館が集合場所。
    しかし同じ大会に出るという女性の方が雨が降っているためバイクは置いて一緒に行くというので
    時間変更して次の電車6時40分にした。
    マラソン受付は7時からで会場入りは7時15分くらいになってしまったがフルマラソンなのでウオームアップ
    はあまりやらないためスタート1時間前に到着したからいいなあと思ったが走る準備時間がかかってしまった。
    マラソンのコースはワンウエイコースで御岳山頂がゴールのため荷物をまとめて所定の場所に置かねばならなかったからだ。
    結局スタート1分前まで荷物と格闘していたのだ。
    雨はスタート時も降っていた。やな感じだった。完走できるか心配だったのであえて最初の入りをキロ4分15秒まで落とし
    走ったが先頭はキロ3分30秒くらいではいったので10キロ過ぎにはすっかりみえなくなった。
    10キロはほぼ平坦なコースなのでもう少し速くても良かったと思った。
    15キロ過ぎると天気が回復してきたがそのころは坂を登っていた。
    すべてアスファルトゆえ箱根駅伝の新道を登っている感じに似ていた。
    ほとんど一人旅になり自分のペースで楽に走っていたせいで
    25キロ過ぎに男子ランナーとトップの女性ランナーにあっというまに抜かれてしまった。
    しかしエイドでアンパンをもらい食べながら下りをおりていたら再びあの女子トップランナーに追いついた。
    ココから彼女と併走。自分にも精神的余裕がでてきてリラックスして走れたのが良かったのか、
    最後2キロのきついのぼりも苦しまず淡々と走り彼女のペースメーカーになった感じでゴールも
    同タイム。めったにない貴重な体験をした。以下はスプリットタイム
    10k:41分、15k:1時間4分13秒、20k:1時間32分54秒、ハーフ:1時間39分50秒
    25k:2時間1分33秒、30k:2時間26分42秒、35k:2時間49分23秒、40k:3時間19分36秒、
    ゴールタイム:3時間32分。
    ハートブレイクの玉○君と偶然一緒で20秒速くゴールしていた。
    彼は9月下旬に100キロマラソンに出たばかりなのにこのハードなマラソンに出場完走するとは
    驚きである。私のほうは以外にも疲れはあまりかんじなかった。
    走り終わって温泉に入り、食事はかやくごはんとみそしる。たりない。
    玉○くんはつかれはてて食事がのどに通らない感じであった。気の毒だ。
    閉会式後送迎バスでスタート地点へ戻るのだが細い山道を降りていくので
    1時間は十分かかりついたのは3時30分を過ぎていた。
    帰りは彼と下呂温泉で無料の川のほとりに湧き出ている温泉に入った。
    着替えるところがなく橋のうえから丸見えであるが入ったときは夕かたで薄暗かったので
    裸の姿は橋の上からはみえない感じだった。温泉は多少冷たい風があり幾分ぬるかったが
    走った後はいい温度であるとおもった。列車の時間もあることから30分くらいしか
    はいれなかったがとてもいい思い出ができた。
     その後彼とは電車の中でお別れ。私は岐阜駅からJR東海の「名古屋ドリームス」の深夜長距離バス(6640円)に
    のって東京へ。
     
    9/4/2006

    第20回記念浦佐温泉山岳マラソン健康歩こう会

     9月2日(日)新潟県南魚沼市、浦佐駅徒歩10分のたもん荘前午前8時30分に20キロの部と40キロの部がスタートした。
     
    今回のゲストは先週おこなわれた北海道マラソン(フルマラソン)で女子の部で初優勝した資生堂の吉田香織選手である。
     
    天候は晴天に恵まれかなり暑くなった。私はこの大会は5年ぶり3回目である。10年前に40キロの部が初めてできたときに
    参加し3時間23分43秒で総合3位になっている。当時は給水は2箇所で水だけで今日のようにかなり暑かったのをおもいだす。
     
    今回は距離が若干伸びフルマラソン(42.195km)になった。人気も出てきたのもあり、レベルもアップ。
    40キロだが総合5位までは3時間である。今回も入賞は3時間10分切らないと無理かもしれない。
    しかし今の自分は力が落ちてるから入賞は難しいかもしれない。
    参加メンバーも100キロウルトラで優勝してるしってる人が2名去年の入賞者も数名いる。
     
    最低限10年前のタイムよりは良いタイムで入りたい。
    最初の1周目は後半のくだりで結構足にきてしまった。自重して走ったのに。。。
    案の定2周目で前半2名、後半くだりで1名に抜かれたというより自分自身が大幅失速した結果である。
    参考までに記録は3時間21分34秒(1周目:1時間32分53秒、2周目:1時間48分41秒)
    のぼりは標高としては375、160mのアップダウンの20キロコースを2回舗装道路を走る。
    総合9位。1周目は総合6位だっただけに残念な気もするがこれが現状の力。ゴール後はふらふらして
    とても立っていられないほど体力を消耗した。ほんとつらかった。
    しかし2年前よりはよかったから最低限の目標は達成。
     
    ゴール後は冷たい’八色スイカ’の食べ放題。とてもおいしくてついつい食べすぎ腹が痛くなった。
    さらに豚汁、五目かやくご飯、つけもののサービスもよかった。
     
    7/23/2006

    富士登山駅伝最終合同練習

    富士登山駅伝の最終合同練習は御殿場口で4区、5区で行われたが、5合目は霧が濃く小雨降り肌寒い。本当は私は山頂区(6区)練習のため富士宮の新5合目に6時半ごろ到着していたが、雨と霧で出鼻をくじかれ考えた挙句合同練習に参加。
     
    先週の疲れが抜けていず4区は34分27秒。全然だめ。5区は天候は曇りだが好条件で60分36秒。
    今年のベストであるが1時間切れず。
     
    とうとう自分の力は戻らなかった。
     
    あと2週間何をやればいいかはわかっている。とにかく疲れを取ることに専念。更にスピード力強化。
    筋力トレーニングと減量は疲れの様子をみて調整。
     
     
     
     
     
    7/18/2006

    ☆富士山合宿☆

    連休中に富士山赤岩八合目(御殿場口)の山小屋に2泊(ホントは1泊の予定だったが。)した。
    富士登山駅伝6区練習のため7合5勺にある須走口の山小屋からスタートし山頂の郵便局のある鳥居までの練習。
     
    15日(土)は晴天に恵まれかなり暑くなった。連休中は車規制があり5合目にいけない冨士宮方面は仕方ないので入り口(1合目)から朝7時からバックパックかついで徒歩&ジョッギングで登る。新富士5合目は10時頃ここから1時間くらいでいけるが荷物あるため11時過ぎ赤岩八合目小屋に到着。少し休んいたら同グループのメンバーが走り始めていた。暑いし多少ばてていたのだが6区のタイムトライアルをした。ばててる割りに登れた感じ。更に下りもいい感じである。火山岩上はとても走りにくいイメージだがコツをつかめば滑らかに下れることを発見。いいイメージができた。収穫である。
     
    16日(土)は昨日と打って変わって天候が荒れた。台風並みの突風に加え針で刺すような雨。雨も製氷化してる感じで午前中は8時半過ぎからの練習で前から後ろから横殴りの突風に苦しめられたり助けられたりしながら登っていったが雪渓の残る近辺はその雪も突風でちりばめられ雨と混じって私の体に容赦なく針を刺すくらいの勢いで打ち付けてきた。ここでの走りは常に姿勢崩さず小刻みの走りで走った。足の格好はスキー板を履いて登るイメージ。これが前回の本番で出したタイムを大幅に上回った。お昼前には雨はやみ、八合目あたりは風もやんできた。そんな中、山の強者たちがぞくぞくと登ってくる。同メンバーの藤○さんも御殿場口から山頂まで登り赤岩で会った。2時間半で登りきったそうだ。さすが富士登山競走の上位入賞者である。それに触発され午後2時から再び同じ区間のタイムトライアル。しかし午前中に受けたダメージ残り失速。その後は夕食まで休憩していたが体がどんどんしびれる感じになってきた。夕食のカレーも1杯きりで(いつもは2杯以上食べる)
    どんどん調子がわるくなり本日中の下山はとりやめた。
     
    17日は朝から暴風雨となり一般客も山頂あきらめ下山してくる人が多いため走るのあきらめ新5合目まで下山したが突風にあおられ思ったより時間かかった。(1時間半位) 後はバスに乗り車の置いてある場所まで。タイムトライアルの結果は以下のとおり。
     
    ①須走口~赤岩八合目、②赤岩八合目~破れ小屋、③破れ小屋~山頂郵便局鳥居
    15日午後2時(快晴、暑い)①11'12"②18'21"(6'59")③41'15"(23'03")
    16日午前8時35分(荒雨天)①10'35"②17'19"(6’43”)③38’14”(20’54”)
        午後2時(荒天)①11’08”②18'07"(6’59”)③40’07”(22’00”)